さほど時間はかからず、初めに採ったふきのとうから近い範囲で、なんと合計九つもふきのとうが見つかった。
「お前は運がいいな……」
かじかんだ両手の指先を折り曲げ、少しでも温めようと息を吹きかけながら、和仁は素直に感心して言った。視線の先には、花梨の両腕に収まった複数のふきのとうがある。草木の茂った糺の森方面へ進まなければないだろうと思っていたのに、意外にも森よりかなり手前で見つけることができた。最初の一つ以外は全て雪に隠れていて、雪を掘り起こして根元からむしるのはなかなか大変だったが、嬉しそうに収穫物を眺めている花梨の顔を見たら、道具も使わず(考えてみれば、時朝がそれを用意すべきだったのではなかろうか?)雪を掻き分けた苦労も無駄ではないと思えた。
二人の頭上に広がる空は、夜明け前の薄紫から色を変え、青く晴れ渡り、地上には陽光が差し込んでいた。
「これだけあれば、他の料理もできそうですね。ありがとう、和仁さん」
朝の白い光の中、きらきらした笑顔で見てくる花梨に、和仁は居心地悪さを覚えて目を反らした。
「……雪に近づいていたから、身体が冷えたな。早めに邸に戻って暖を取った方がいい」
「そうですね……。あの、手、大丈夫ですか」
袂の中に素早くふきのとうをしまい込み、かじかんで震えている和仁の両手を心配そうに見る。手はまだ感覚を取り戻していなかったが、和仁は強がった。
「問題ない」
すると、花梨はいきなり両手で和仁の右手を取った。えっと思っているうちに掌で包まれる。冷たい、とか細い声が聞こえた。
「ごめんなさい、和仁さんばかりに雪を触らせてしまったわ……」
体温が伝わっているのかどうかは、感覚がなくなっているせいでよく分からなかったが、それよりも細い指が触れていることにどぎまぎし、和仁は目をしばたたかせながら、うつむく少女のつむじを見た。今まで触れたことがないわけではなかったし、むしろ落ち込む少女を見るのに耐えがたくなって許可なく抱きしめたことさえあるのだが、今回は外出先であることも影響して焦りを隠せなかった。人に見られたらどうする――呪詛を用い、京を穢したということで、決して周囲からよい印象は持たれていない和仁である。何より、触れた先から神子が自分の穢れに侵されてしまう気がして、和仁は「やめてくれ」と右手を強く握りしめた。
「神子、放してくれ」
「……」
しかし花梨は解放せず、和仁の手の甲を指先で撫でながら、悲しげな笑みを浮かべた。
「私、ここにとどまる理由が、最近、少し分かったような気がしました」
言葉の意味が分からず、和仁は首をかしげた。
「理由?」
「和仁さんは、とても優しい人だと思います」
問いかけへの答えを花梨はくれなかった。
体温は分からなくとも彼女の細い指先が心地よくて、今すぐ離れなければと思うのに、なぜか身体を動かせなかった。朝の光にきらめく髪と、長い睫毛が本当に美しくて、これほどまで間近でその姿を見つめられる自分は幸せだとさえ感じてしまう。沈黙の中、このまま二人でどこか遠いところに逃げ出せたら、権威も官位ない場所に行き自由を手に入れられたらと、そんなどうしようもないことを考えて、和仁は、切なさに少し泣きそうになりながら口を開いた。
「神子。もし……」
花梨の陽光にくらむ姿と、下から舞い上がる雪の冷気のためか、頭がどこかぼんやりした。
「もし、行く場所がないのだとしたら、私と……」
自分が言わんとしていることにはっと気が付き、言葉を飲み込む。花梨は顔を上げ、先を待つように和仁を見つめた。だが、これ以上を言ってはならない。この想いを伝えてはならない。そうする資格は、自分にはない。
「思いのほか早く、ふきのとうが採れてしまったな。牛牽きが戻ってくるまで、少し時間がかかるかもしれぬ」
和仁もまた、話をそらした。
晴れているとはいえ寒いので、牛車の中で待ちたいものだが、どれほど長くあの狭い空間に二人きりで閉じこもるか分からないので、そう提案するのも気が引ける。
「どうしたものか」
「もう少し、この辺りを散策しませんか」
ふきのとうを牛車の中に置いてきますね。
先ほどの会話の続きは気にしないことにしたのか、花梨は少し離れた場所に置いてある牛車へ向かった。ごそごそと袂からふきのとうを出して車の中に置くと、待機を命じられて退屈そうにしている牛に話しかけている。そんな花梨を眺めながら、和仁は、この関係はいつまで続くのだろうと溜息をついた。